いわゆる「推し」ていた選手の引退に際して、めちゃめちゃ自分語りを書きます
昨日の引退セレモニーをDAZNおよび現地で動画を撮影してくれた某ニキの映像を見ながら酒を飲み飲み書いています
なんでこの選手を推すようになったか、は正直覚えていない
別にずっとスポーツなんて見てはいなくて、音楽、ひいてはバンドばかり追いかけていた
サンフレッチェ広島を見るようになったのも、大学(院修正課程)生活の終わりに、学生終わる前に好き放題やっとこ~と
当時東広島市民(ただし住民票は置いていなかった)の無料招待に応募して、見に行った試合が面白かったのがきっかけだった
この時試合が面白かったのは、石原直樹がゴールしてくれて勝ったからだ、ほんとうにありがとう
この試合負けてたら、サッカーそんな感じか、で終わっていてもおかしくはない 感謝している
本当になんでこの選手を「推し」ていたかは覚えていない
自分も2014年に社会に出て、若手だとか言われて、そういうところでなんか自分に重ねていたのかもしれない
もっと前かもしれない、本当に覚えていない
改めて思い返して、本当に覚えていない、なんでだろう
はじめて本人を前に認識したのは安佐動物公園のイベントだった
2014年のことだ、紫熊倶楽部の記事にサインをもらい、一緒に写真を撮ってもらった、めちゃめちゃまぶしかった
終わったあと、広島駅方面に行くバスを待っているところ、
ちょうど車で帰っていく茶島選手が車から手を振ってくれたこと、本当にまぶしくて昨日のことのように思い出せる
若手が出やすいと聞いていった福山の天皇杯、
交通の便もめちゃめちゃ悪かったけど、試合に出る茶島選手を見れたのでそんなことどうでもよくなった
帰りのバスめっちゃ時間かかってそのあと倉敷駅で合流する予定だった人には大変に迷惑をかけたのも覚えている
2014年のアウェイ、甲府戦、負けたことも茶島選手が広島(たしか横シネ)のパブリックビューイングにでていたことも
帰りの特急に乗り間違って松本方面に行くはずが東京方面に向かっていたことも覚えている
なんかいろんなことぼんやりと覚えているな
はじめてのリーグ出場、ガンバ大阪戦は現地で見ていたこと
ビッグアーチでの前日練習に行ってユニにサインとファンサをもらったこと
吉田での公開練習に満を持していったときは茶島選手は別メニューで声もかけられなかったこと
西京極もいった記憶はあるけど、最後に茶島選手をピッチで見たのはジェフへの期限付き移籍中のニンジニアスタジアムだったはず(確か前半戦で途中交代だった)
ジェフに期限付き移籍していなければ、両親と地元(愛媛)でサッカーの試合を見るなんてことはなかったと思う
素敵な機会をありがとう
毎年ユニは25番(一時期は7番)を買っていた、ジェフ時代のユニも買っていた
コロナ禍以降は本当に試合にもいかなくなってしまった
新しいパナスタも広島の新スタも行けていない
そんな中で茶島選手の引退になってしまった
もったいない、もっと行けたはず、と、仕方ない、の境目にいる(何分去年が仕事柄いろいろだった)
見よう見まねで調べてゲーフラも作った、現物は残っていない、
何回掲げることができたかは覚えていない、一度だけでもあの選手の目に映ってくれてたらいいが
別に個人のことを覚えてほしいわけじゃない、ゲーフラを作るくらいには熱量をもって応援してた人がいたことが伝わればいいだけ 2015年ころに
引退セレモニーもゲーフラやユニが掲げられていて本当にまぶしかった
今後もサンフレッチェ広島に関わってくれるようでうれしい。
今後、別にサンフレッチェ広島のサポをやめるわけじゃないけど、
ユニを新たに買うわけじゃなく、特定の推し選手がいるわけでもなく、きっともっとゆるい気分でのサポにはなると思う。
そんなことを思いながら、今の気持ちはできるだけわすれないように、なんか残しておきたかった、んですね。
昨日もリアルタイムでDAZNを見ながらめちゃめちゃ泣いていたし、今も泣いている
けど、本当に茶島雄介選手、を推していて、すきでいて、本当に良かったなと思ったんです
今シーズンはあと1戦あるけれど、本当にありがとうございました
おつかれさまでした
あなたの今後の人生も輝いていることを、本当に祈っています
ただのサポより。